大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和59年(行コ)60号 判決

控訴人

金谷幸雄

右訴訟代理人弁護士

金子武嗣

森下弘

山下潔

被控訴人

大和郡山市固定

資産評価審査委員会

右代表者委員長

浅田重治

右訴訟代理人弁護士

大槻龍馬

谷村和治

安田孝

平田友三

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が、昭和五七年六月三日原判決添付別紙目録記載の各土地の昭和五七年度固定資産課税台帳登録価格について、控訴人の審査申出を棄却した決定を取り消す。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

当事者双方の事実上・法律上の主張は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示中第二ないし第四のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決二枚目表八行目末尾から九行目冒頭にかけての「固定資産」を、同一一行目の「(以下、本件登録価格という。)」を、同裏四行目の「および同月二六日に」を各削除し、同六行目冒頭の「、」の次に「同月二六日控訴人の申出による同委員等との協議会を開催したうえ、」を加え、同四枚目表一〇行目の「本件標準地」を「本件標準宅地」と訂正する)。

(控訴人の新たな主張)

一  固定資産評価審査委員会の了知措置の重要性について

固定資産評価審査委員会(以下「委員会」という。)は、審査申出人が不服事由を特定し明らかにするために必要な範囲で、当該固定資産の評価の根拠、方法、手順等を了知させるべき義務がある。また、地方税法(以下「法」という。)四一五条が固定資産課税台帳(以下「台帳」という。)を納税者の縦覧に供しなければならないと規定する趣旨は、納税者に自らの固定資産の評価額を知る機会を与えるとともに、その評価額が適正妥当なものであるか否かを検討させるために、他の納税者の固定資産の評価額をも知る機会を与えることにある。そして、これら了知措置義務及び台帳縦覧制度の趣旨と、委員会の審理手続に口頭審理を要求する法の趣旨を総合すると、委員会は審査申出人に対し、基準宅地及び標準宅地それぞれの場所と評価額、路線価、市内各土地との比較検討の資料として市内各土地の評価の根拠、方法、手順を了知できるよう市町村長に資料の提出等を促すなどの措置を講ずべき義務がある。本件にあつては、被控訴人委員会は控訴人の再三に亘る要求にも拘らず、これらの措置を一切講じなかつたものであるから、本件口頭審理手続の重大な瑕疵として本件決定自体の取消事由となる。

二  口頭審理における主張立証の重要性について

委員会の口頭審理は、審査申出人と市町村長側とがそれぞれの申立事項を支持し理由あらしめる法律上・事実上の主張をなし、証拠を提出するところに審理活動の中核があり、その目的は、当事者が相手方の弁論及び証拠を知り、これについて弁駁し反証を挙げる機会を与えることによつて、委員会の公正妥当な審理手続を保障し、当事者の権利利益を保護せんとするところにあるというべきであるから、委員会が口頭審理において、当事者に対して弁論をなし証拠を提出する機会を与えないときは、口頭審理手続の瑕疵を帯びる。本件にあつては、被控訴人委員会が市長の提出した答弁書を控訴人に送付しなかつた措置は、控訴人をして市長の弁論を知り、これについて弁駁する機会を喪失せしめたものであり、右答弁書の記載が控訴人の本件審査申出に対する回答になつていなかつたことをもつて右不送付を相当視することはできず、控訴人に対して右答弁書が送付されていたならば、その記載の不十分であることを指摘して釈明を求め、再度適切な答弁を待つて十分な審理を行いえたものというべきであるから、被控訴人委員会は控訴人から主張立証の機会を奪つた違法がある。また、本件審査申出後、被控訴人委員会は昭和五七年五月一九日口頭審理期日を一度開いただけであり、その後口頭審理外において職権により、同月二〇日実地調査及びその後の市長側からの事情聴取を行い、その際担当者から売買実例価格、調査機関の鑑定価格、相続税評価額その他について説明を受け、同月二六日再度市長側からの事情聴取及び実地調査を行つたのに、これら口頭審理外における調査と資料収集に控訴人の立会を拒否して被控訴人委員会と市長側のみで行い、同日被控訴人委員会委員等と控訴人との協議会が開催された際にも、口頭審理外における調査結果や収集資料を上程せず、控訴人から弁駁と反証の機会を奪つたものであつて、これはまさに口頭審理の中核をなす手続を履践しなかつた重大な瑕疵として本件決定自体の取消事由となる。

三  委員会の口頭審理手続の瑕疵と決定取消について

行政不服申立ての一般法である行政不服審査法が簡易迅速な手続により国民の権利利益の救済を図る目的などから、不服申立ての審理手続は書面審理主義を採用し、例外として不服申立人に口頭で意見陳述の機会を与えはするが、未だ対審構造を予定せず、口頭意見陳述権を保障するものではないのに対し、委員会の審査手続は口頭審理により公開して行われるなど準司法的、対審的、争訟的構造を取り入れ、口頭審理手続請求権を保障するなど口頭審理手続の重要性が顕著であるから、委員会における口頭審理を一般行政処分に際し行われる聴聞、公聴、意見陳述などの行政手続と同視することはできず、従つて、一般行政処分においては、聴聞、公聴などの行政手続に瑕疵があつても、当該瑕疵がなかつたならば異つた結論に到達する可能性がある場合においてのみ行政処分自体の取消事由になると解する余地があるとしても、委員会の口頭審理に右解釈を適用するのは不当であり、手続上のいかなる瑕疵も必然的に決定自体の取消事由になるというべきである。

四  実体的違法について

本件土地の評価額が適正な時価の範囲内であつても、それが他の土地の評価額と対比して著しく高額にすぎる場合には、憲法一四条の平等原則に違反して違法というべく、本件土地の評価額を市内各地域の評価額と対比するならば著しい不均衡がある。すなわち、本件土地の評価額は金一万七一〇〇円(一平方メートル当たり、以下本項では同じ。)であるところ、(1) 綿町四〇番は商業地区の代表的場所で市役所より東二二〇メートルに位置し、東西に通ずる市道に沿接しながら、その評価額は本件土地を下回る金九二五〇円である、(2) 九条町一五七番三は近鉄九条駅より東五〇〇メートルに位置し、県道に沿接しながら、同駅西五〇〇メートルに位置する本件土地より低額の金一万六二二〇円である、(3) 永慶寺町五七五番一は近鉄郡山駅の近くで第一種住居専用地域の良好な環境にありながら、その評価額は本件土地を下回る金一万一五〇〇円である、(4) 九条町六五八番は近鉄九条駅から本件土地に至る途中にありながら、その評価額は僅か金九七〇〇円である、(5) 冠山町二七二番七は郡山城跡の北西側で県道にすぐ通ずるところにありながら、その評価額は金一万一二〇〇円にとどまつている。これら例証的事例のみをもつてしても、本件土地の評価額が著しく高額であることは明らかである。更に、市内各土地の評価額は路線価方式が適用される相続税評価額と対比するならば、その到達率に甚だしい不均衡があり、それ自体評価額の著しい不均衡を示すものであり、国の行う相続税評価額が比較的公平性を持つものとすれば、本件評価額の基礎となつた不動産鑑定士による鑑定価格自体不当であることに帰する。かくの如く本件土地の評価額は不当に高額であつて、これを顧慮することなく控訴人の審査申出を棄却した本件決定は適正を欠く違法があり、取消を免れない。

(被控訴人委員会の反論)

一  控訴人の不服理由の一つは「市の基準地の評価額の上昇率が一二四パーセントであるのに、本件土地の評価額の上昇率が一五三パーセントになるのは何故か。」というものであるが、市の基準宅地は商店街であり、本件土地は住宅地であつて、時価の変動、上昇率も相異し、評価のための諸条件も全く異なることは明らかであり、就中、本件土地は前回の評価基準年度時未開発の農地等であり、今回基準年度時新規に造成されて宅地となつたものであるから、時価が大きく上昇することは素人目にも明らかであり、また控訴人は評価額がいかなる根拠、方法で算出されるのかの手順を熟知していたものである。被控訴人委員会は、本件口頭審理において、市が基準宅地のほかに多数の標準宅地を設定したうえ、標準宅地については不動産鑑定士の鑑定価格をもとにして評定し、この標準宅地と状況類似地域の評価額を一定の条件に基づき増減を加えて算出し、この基準宅地と九条ケ丘との各評価額の計算根拠を市の担当者をして説明させたものであるから、控訴人に対する了知措置を完全に尽しており、何ら違法な点はない。

二  控訴人の不服理由のもう一つは、判断資料の要求であるが、成程、控訴人主張の如く、本件土地の評価額が他の土地と対比して高いのか安いのかを検討判断するためには、他の土地の評価額を知る必要がある。しかしながら、一方では他人に自己の不動産評価額を公開されたくないというプライバシー保護の要請があり、地方税に関する調査に従事する者は法二二条により守秘義務を課されてもいる。現在、台帳の縦覧手続で各市町村が基準宅地と当該不動産の標準宅地の評価額のみを公開しているのは、いわば知る権利とプライバシーの保護という二律違反の価値の比較均衡の上に立つての選択であり、これにより評価額が高いか安いかの比較検討はある程度できるとして全国的に容認されている。ところが、控訴人の要求は市内の多数の不動産や情報についての公開要求であり、被控訴人委員会は原審において百余の不動産についての情報の公開を余儀なくされたが、右情報は本件訴訟以外の場で利用されている事実が推測されるばかりか、プライバシーの侵害、悪用の危険などの幣害すら憂慮される状況であり、控訴人の右要求は比較検討資料とは表向きで、その実は市の税務等の行政の欠点を見付けだし、何らかの政治目的に利用しようとしているとしか理解できない状況である。

三  口頭審理の目的は、審査申出人の不服の内容を明確に把握し、課税する側の評価額算出根拠、方法等を判るように説明し、双方の主張を公開の席で明らかにして評価及び審査の適正公平を担保せんとするものであるが、口頭審理手続も行政手続の一環であつて司法作用とは決して同一ではない。また、被控訴人委員会の委員らはいわば本件が初めての口頭審理手続であり、不慣れに帰因する不手際もあつて試行錯誤を重ねながら本件口頭審理手続を進行したものである。一方、控訴人は口頭審理手続を熟知し、被控訴人委員会の手続進行の稚拙さを殊更に非難して違法を主張しているものである。これら口頭審理の構造、双方の各種事情と状況を考慮するならば、本件口頭審理手続に瑕疵があつたとしても、法の規定ないし目的に照らして再度口頭審理手続を繰り返させる必要があるほどの重大な瑕疵と評価することはできない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一控訴人が本件土地の所有者であり、その固定資産税の納付義務者であること、市長が基準年度である昭和五七年度の評価額を本件土地(一)については金一六六万一四〇〇円、同(二)については金一四六万四四〇〇円と決定して台帳に登録し、同年四月五日から同月二五日までこれを関係者の縦覧に供したこと、控訴人が同月二〇日被控訴人委員会に対し、本件土地の評価額について不服があることを理由に審査の申出をなし、口頭審理を申請したこと、被控訴人委員会は同年五月一九日口頭審理を、同月二六日同委員等と控訴人との協議会を開催した上、同年六月三日本件審査申出を棄却するとの本件決定をなし、右決定は同月四日控訴人に通知されたことはいずれも当事者間に争いがない。

二控訴人は本件の口頭審理手続に違法があると主張するので、この点について判断する。

1  口頭審理の意義及び手続の適正等について

(一)  地方税法上、固定資産税が台帳に登録された評価額を基準として課税されることに鑑み、同税賦課決定前に不当な評価額を登録されることによつて被る納税者の不利益を救済するため、台帳の縦覧制度と相俟つて納税者に対し評価額自体への不服申出権を認め、この不服申出を評価及び課税の主体である市町村長から独立した当該市町村の住民で市町村民税の納税者である委員によつて構成される委員会に判断させ、租税法律主義と住民自治の精神を全うせんとする他税に例をみない特殊な制度であり、もつて納税者の権利を保障し、ひいては評価額についての客観的適正妥当と公正をはからんとするものである。委員会制度は、行政処分に対する不服申立の一般法である行政不服審査法が書面審理を原則とし、申立があつたときは口頭で意見を述べる機会を与えられるにすぎず(同法二五条一項)、また各種の行政手続において聴聞、弁明する機会、釈明する機会等を与えられるにとどまるのに対し、申請があつたときは、特別の事情がある場合を除き、公開の口頭審理手続によらなければならないとする法四三三条等の規定の趣旨を総合すると、評価額が固定資産税賦課の基礎となる重要性に鑑み、口頭による審理手続を通じて評価額の適否につき審査申出人に対し主張及び証拠を提出する機会を与える対審的、争訟的審理構造を採用することにより、判断の基礎及びその手続の客観性と公正を要求し、もつて納税者の権利保護を保障せんとの趣旨にあることが明らかであることに照らすならば、委員会の口頭審理は、単なる資料収集及び調査の一形式を定めるにとどまり、法四三三条の規定等に定められた形式を踏みさえすれば、その審理の具体的方法内容のいかんを問わず、これに基づく審理を適法なものとする趣旨ではなくて、これら審理手続規定のもとにおける口頭審理の方法及び内容自体が実質的に法の要請を満足するようなものでなければならず、かつ、決定自体もこのような審理結果に基づいてなされなければならないものと解すべきである。

(二)  これを本件の争点に照らして個別的にみるならば、一般的に租税関係を規定する法律は複雑で専門技術的であるため、その衝にあたる者ではない一般の納税者にとつて難解であるのが通常であり、固定資産税もその例に洩れないのみならず、法三四一条五号は「価格」とは「適正な時価をいう。」と規定し、適正な時価決定について、法四〇三条一項は「市町村長は……三八八条一項の固定資産評価基準によつて、固定資産の評価を決定しなければならない。」と定め、法三八八条一項前段は「自治大臣は、固定資産の評価の基準並びに評価の実施の方法及び手続を定め、これを告示しなければならない。」と定める。そして、これを受けて制定された昭和三八年一二月二五日自治省告示第一五八号固定資産評価基準も専門技術的であつて、難解さは益々増大するとともに、算術的手法によつて算出しうるものではなく、「評価」という判断作用が不可避的に介在するため、裁量的余地を容認せざるを得ない反面、不合理な要素が加わる危険もある。

そこで、本件に必要な限度で同基準による土地評価の手順、方法を示せば、次のとおりである。即ち、(1) 土地の地目を現況によつて、地積を原則として登記簿によつて認定する、(2) 宅地にあつては各筆の宅地に評点数を付設し、当該評点数を評点一点当りの価格に乗じて各筆の宅地の価格を求める、(3) 評点を付するについては、市町村の宅地の状況に応じ、主として市街地形態を形成する地域における宅地にあつては市街地宅地評価法(路線価方式)により、そうでない地域の宅地にあつてはその他宅地評価法(標準地比準方式)によつて付設する、(4) 本件土地は後示のとおり主として市街地形態を形成するに至らない宅地として標準地比準方式が適用されたものであるところ、同方式により評点数が付設されるまでの手順は、① 市町村の宅地を商業・住宅・村落・散在の各地域別に宅地の接する道路の状況、公共施設等との接近、その他宅地の評価に影響を及ぼすべき諸条件並びに宅地の価格事情を総合的に考慮しておおむねその状況が類似していると認められる状況類似地区に区分する、② 状況類似地区ごとに道路に沿接する宅地のうち、奥行・間口・形状等からみて標準的と認められるものを標準宅地として選定する、③ 標準宅地について、売買の行われた宅地の売買実例価格から、正常と認められない条件がある場合において、これを修正して正常売買価格を求める、④ 当該売買宅地と標準宅地の位置、利用上の便等の相異を考慮し、③で求めた正常売買価格から標準宅地の適正な時価を評定し、これに基づいて評点数を付設するが、その際基準宅地との評価の均衡及び標準宅地相互間の評価の均衡を総合的に考慮する、⑤ 各筆の評点数は、標準宅地の単位地積当りの評点数に奥行・間口・形状、街路との関係等の相異する程度による各筆の宅地の比準割合を乗じ、これに各筆の地積を乗じて評点数を付設する、(5) 各筆の評点一点当りの価格は、知事から通知された指示平均価格に当該市町村内の宅地の総地積を乗じたもの(総評価見込額)を、付設された宅地総評点数で除して求める。

かくの如く、評価の手順方法は複雑で専門技術的であり、その評価額が市町村長側からみて適正妥当であると思われても、納税者側からみて適正妥当で公正なものであるか否か判別するに難く、高額にすぎるとの不服を抱いても、審査申出期間が制限されていること(法四三二条)もあつて、不服点を特定し明らかにすることは通常難きを求めるものである。かくしては、審査申出人に対し主張及び証拠を提出する機会を与え、判断の基礎及びその手続の客観性と公正を要求し、もつて納税者の権利保護を保障せんとした法の趣旨は没却され、口頭審理は形式的なものに堕するというべきであるから、第三者機関である委員会としては、少くとも審査申出人が当該土地の評価額に対する不服事由を特定し明らかにするに足る合理的に必要な範囲で評価の手順、方法及び根拠を自ら又は市町村長側をして明らかにさせ、これらの点について審査申出人が的確な主張及び証拠を提出することを可能ならしめるような形で手続を実施することが口頭審理を要求する法の趣旨とするところと解すべきであり、こうしてはじめて委員会の判断の基礎及びその手続の客観性と公正がはかられるものというべきである。これを右評価の手順、方法に即していえば、地目・地積の認定結果、「市街地宅地評価法」と「その他宅地評価法」のいずれを適用したか、後者の場合、用途地区区分結果、標準宅地の所在位置、適正な時価と評点数及びその根拠、当該標準宅地の評価にあたつて他の状況の類似する標準宅地と比準した場合には、その標準宅地の同様事項及び比準割合とその根拠、当該標準宅地と当該土地との比準割合及びその根拠、基準宅地の所在位置と評点数、評点一点当りの価格とその根拠を各明らかにすべきである。しかしながら、これ以上に控訴人主張の如く市内の各土地の評価の根拠、方法、手順まで了知できるよう措置する義務があるとは解し難い。

また、納税者は自己の土地が適正な時価の範囲内にあるとともに、他の納税者のそれと対比して公正であることを求める法的利益があり(評価額が適正な時価を下回ることが明らかな現状においては、納税者の不服はこの点に集中する。)、当該土地の評価額が状況の類似する他の土地の評価額と比較して合理的な理由もなく著しく高額であるときなどは、当該土地自体の評価額も不適正、不公正なものになるというべきであるから、かかる観点から比較検討するために他の状況類似地域における標準宅地等合理的に必要な範囲でほかの土地の評価額を明らかにすることが要請されているものと解するのを相当とし、これは法四一五条が定める台帳の縦覧制度の所期するところであると考えられ、従つて右要請に応じても法二二条の守秘義務に牴触することはないと解される。

(三)  委員会の口頭審理は対審的、争訟的構造をもつものの、あくまで租税法律関係に特徴的な大量かつ反覆的にしかも周期的に繰り返し発生する可能性のある紛争を簡易、迅速かつ能率的に処理する行政手続の一環にすぎないからして、委員会が法四三三条一項等により職権で資料を収集し、調査することは是認されるけれども、さりとて、右規定等が口頭審理の手続をもつて単なる資料収集や調査の一形式を定めたにとどまるものとは到底解されないのであつて、口頭審理が公開の口頭による審理手続を通じて評価額の適否につき審査申出人に対し主張及び証拠を提出する機会を与えることにより、委員会の判断の基礎及びその手続の客観性と公正を要求し、もつて納税者の権利保護を保障せんとの趣旨であることに鑑みるならば、市町村長側が口頭審理で提出した資料や意見に対してはもとより、委員会が口頭審理外で職権により収集した資料や調査結果に対しても審査申出人に反論の主張と証拠提出の機会を付与しなければならず、そのためには、委員会はこれらの資料及び調査の結果を口頭審理に上程する必要があると解すべきであり、委員会が審査申出人の知らない資料や調査結果に基づいて心証を形成し、これを根拠に審査申出を棄却することはできないというべきである。

2  かかる観点に立つて、本件口頭審理の状況について検討するに、〈証拠〉によると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

(一)  本件土地は前回基準年度の昭和五四年における地目は田であつたが、昭和五六年に業者により近隣土地とともに宅地に造成されて薬師寺荘園と称する住宅団地の一画を形成するに至り、控訴人が同年五月一五日買い受けて所有するところとなつた。控訴人はかつて大阪市に在住していた際、所有建物の評価額に不服を抱き、大阪市の委員会に審査申出をしたことがあり、その後文献にあたるなど固定資産評価の問題については並々ならぬ関心を持つていた。

(二)  控訴人は昭和五七年三月九日市役所において台帳を縦覧し、本件土地の評価額が一平方メートル当り金一万七一〇〇円で総額三一二万五八〇〇円であることを確認したあと、市税務課吏員に面会した上、前回基準年度と対比して、同市基準宅地の上昇率が一二四パーセントにとどまつているのに対し、本件土地の上昇率が一五三パーセントであることを知つて不服を抱き、その理由ないし根拠を質したところ、単に高いという理由では審査申出はできないと返答を受けたため、かえつて被控訴人委員会への審査申出を決意し、薬師寺荘園居住者らと協議した上、審査申出に賛同した他二三名の者とともに同年四月三〇日一斉に被控訴人委員会に対し審査申出をなし、いずれも、「(1) 国の示した当市基準地の評価額の上昇率は一二四パーセントであるのに、なぜ私の評価額の上昇率が一五三パーセントになるのか根拠を明らかにされたい、(2) 市の窓口で″単に高いとの理由では審査申出はできない″と指導されているが、高いか安いか比較検討出来る判断資料を求める、(3) 私が買つた物件は県営住宅払下げの約三倍である。この差額は開発指導要綱にもとづく開発業者の諸負担が上乗せされているからである。即ち、本来市の事業で負担されるべきものの先取りである。故に、軽減、免除処置を求める。」として口頭審理の申請をした。

(三)  被控訴人委員会は、控訴人に対する口頭審理期日を同年五月一九日午後一時から一時五〇分までと指定し、固定資産評価基準についての簡単な説明書を添付して通知書を発送し、また同月一二日市長から答弁書の送付を受けたが、それには「固定資産評価基準第一章(土地)第三節により評点を付設した。(1) 地目の認定―宅地、利用状況―住宅用地、(2) 用途区分―普通住宅地区、(3) その他宅地評価法による、(4) 標準地の状況、標準地―北条町五七六番三四、m2当り一万七一〇〇点。本件土地、m2当り一万七一〇〇点、(5) 評点―一点当りの価格は一円として算出した。」と記載されていたが、控訴人に対し右答弁書を送付する措置は講じなかつた。

(四)  控訴人に対する口頭審理期日は同月一九日午後一時から一時五〇分までの予定で開かれたが、冒頭、控訴人は「請求原因」の項二1(二)の(1)、(2)掲記の審査委員・書記の構成及び答弁書不送付、更には期日指定方法、会場設置方法の各不当等の問題について強硬に主張し、予定時間の午後一時五〇分も経過した頃、被控訴人委員会委員長から控訴人主張の件は将来問題にならないように対処したいとの総括が行われて漸く右各問題の審理を終え本論に移つた。

(五)  被控訴人委員会の指示によつて市税務課長加奥博俊が本件土地の評価額決定の理由として、「請求原因」の項二1(二)(4)の(ア)ないし(エ)掲記の本件標準宅地所在位置、評点が一平方メートル当り一万七一〇〇点であり、評価根拠として本件標準宅地の宅地評価は初めてであるので状況の類似した九条ケ丘と比準したこと、固定資産評価基準によつたことと、これに加えて、右答弁書記載事実と抽象的に不動産鑑定価格と相続税評価額及びこれらへの到達率、売買実例価格、交通機関までの距離等色々な資料をもとに決定したことを説明し、更に控訴人の審査申出事由(1)の上昇率の差異について、本件標準宅地は前回基準年度時農地等であり、今年新たに宅地と評価して状況の類似した九条ケ丘と比準したところ一五三パーセントの上昇率になつたものであること、同(2)の判断資料の掲示について、評価額というのはあくまでその地点の評価額がどうなのかということが問題であるので、薬師寺荘園以外の資料は出しかねること、同(3)の軽減等措置の要求について、市において宅地等開発指導要綱により宅地開発規模五〇〇平方メートル以上の開発に開発負担金を徴収し、その趣旨に沿う事業に一部使用しており、県営住宅の払下価格については人格の異なる地方公共団体である奈良県のしたことに関知しないことを答弁した。これに対し、控訴人は、本件土地が金魚池を造成した土地であること、薬師寺荘園が一律に同価格と評価するのは不当であり、一筆ごとに補正すべきこと、最寄り駅が急行の停車しない九条駅であり、近隣に塵芥焼却場、死体焼き場等があるのに、市の中心部には本件土地より評価の安いところがあることなどを主張した上、十分に反駁できたとは思えないので、評価について比較検討できる資料を委員長の職権で作つた上、これに基づいて反駁できる機会の付与を考えていただきたく、口頭審理を終えてすぐ裁決では困る旨上申したが、被控訴人委員会は午後二時三〇分本件に関する口頭審理手続を終了した。

(六)  被控訴人委員会は、本件口頭審理終了後の同月二〇日本件土地の属する薬師寺荘園一帯及び状況類似地域として比準の対象とした九条ケ丘その他状況の類似する市内五か所を実地調査したあと、市税務課担当者からこれら各地区の売買実例、不動産鑑定士の鑑定価格、相続税評価額等により評点付設に至るまでの具体的根拠等についての説明を受けた。また同月二六日午前一〇時から一〇時四〇分までの間、控訴人の要請により控訴人と被控訴人委員会委員らとの協議会を開催し、その席上控訴人から市全体の評価額等の資料の公開及び実地調査についての所感を各求められたが、委員長は実地調査をした旨及び他の地区の評価額は直接必要としないのではないかと回答したにとどまり、更に控訴人から九条町七九七番一(松ケ丘地区)の評価額は一平方メートル当り金一万五〇〇〇円なので然るべく願うとの上申を受けて協議会を閉会した。被控訴人委員会は同日午後市税務課担当者から再度市内各地域別の前同様の事項及び評点付設の根拠等についての説明を受けたあと、市内一四か所の実地調査を行つた上、同月二九日委員会を開催して本件決定に至つた。

(七)  以上の口頭審理手続を通じて、被控訴人委員会は市の税務担当者をして、地目・地積の認定結果、「その他宅地評価法」によつたこと、用途地区区分結果、本件標準宅地の所在位置と評点数、本件標準宅地の評価の根拠として九条ケ丘と比準したこと、評点一点当りの価格などを答弁させて、これを控訴人に対し明らかにしたものの、本件標準宅地の適正な時価、比準の対象とした九条ケ丘の適正な時価と評点数及びその根拠、比準割合及びその根拠、評点一点当りの価格の根拠並びに本件標準宅地以外の標準宅地の評価額については、これを控訴人に了知させる措置を講ぜず、更に口頭審理外において実施した二度の実地調査について控訴人に立会の機会を与えず、市税務課担当者からの説明の席に控訴人の立会を拒否したものであるにも拘らず、実地調査の結果や説明内容を口頭審理に上程する措置を講じなかつたものである。

以上認定の事実からすると、被控訴人委員会は、控訴人が本件土地の評価額に対する不服事由を特定するに足る合理的に必要な範囲で評価の手順、方法、特に根拠を明らかにさせず、また他の納税者の宅地の評価額と比較検討するため、状況類似地域における標準宅地等合理的に必要な範囲の土地評価額を明らかにする措置を講ぜず、更に口頭審理外で職権により収集した資料や調査結果を口頭審理に上程しなかつたのであるから、控訴人が的確な主張及び証拠を提出することを可能ならしめるような形で手続を実施しなかつたものといわざるを得ず、従つて被控訴人委員会の行つた本件口頭審理手続には判断の基礎及び手続の客観性と公正が充分にはかられなかつた瑕疵があり、違法たるを免れないと解するのを相当とする。

3  以上の如く、被控訴人委員会の行つた本件口頭審理手続には、委員会の判断の基礎及び手続の客観性と公正が充分にはかられなかつた瑕疵があり、違法な手続といわざるを得ないところであるが、それが直ちに本件決定自体の違法を惹起するかは別途の考慮を要する。即ち、委員会の行う口頭審理もあくまで固定資産評価に関する行政紛争を簡易、迅速かつ能率的に処理する行政手続の一環であり、結論の適正妥当と公正のために求められるものであるから、その手続に軽微な瑕疵がある場合でも直ちに決定自体の違法を惹起するとは到底解し難いものの、当該瑕疵が口頭審理を要求した法の趣旨に反すると認められる程度に重大である場合には、決定自体も違法として取消を免れないものと解するのを相当とする。これを本件についてみるに、口頭審理を要求した法の趣旨は前説示(本項1)のとおりであるところ、被控訴人委員会の行つた本件審査手続は、控訴人の申請により口頭審理を開催した上、控訴人から不服の端緒等を聴取し、市長側をして評価の手順、方法、根拠の一端を述べさせ、職権により資料収集及び調査を行うなど法四三三条に基づいて実施されたものの、その具体的方法内容をみると、法が口頭審理を要求する趣旨について充分な理解を至すことなく、単に同条の定める形式を履践したにすぎず、その結果前認定の瑕疵が発生したものであつて、これらの瑕疵は、法が市町村長から独立した第三者機関である委員会の口頭による審理手続を通じて、評価額の適否につき審査申出人に対し主張及び証拠を提出する機会を与える対審的、争訟的審理構造を採用することにより、判断の基礎及びその手続の客観性と公正を要求し、もつて納税者の権利保護を保障せんとする特別な制度の趣旨の根幹にかかわる重大な瑕疵といわざるを得ず、従つて、本件決定はその余の点について判断するまでもなく違法として取消を免れない。

三以上の次第で、本件決定の取消を求める控訴人の本訴請求は正当として認容すべきところ、これを棄却した原判決は失当であるから取り消すこととし、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官荻田健治郎 裁判官阪井昱朗 裁判官渡部雄策)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例